歴代のカメラ

 Nikon F Photomic FTn

 親父が給料一か月分つぎ込んで買ったカメラです。学生時代に顕微鏡撮影をしていた頃から欲しかったようですが、きっかけがあって購入したそうです。私は、中学校へ上がる頃から使わせてもらってましたが、高校になってNikonFMを買いましたので、実際に使用した期間は3年間程度でした。その後は、母親が時々使用する程度で予備機になってしまいましたが、私の子供の頃の写真はすべてこのカメラで撮っていただきました。故障もほとんどなく、シャッター幕を一度だけ交換しましたが、既に純正部品がなかったためF2のシャッターが入っているそうです。

 Canon Demi

 母親用に購入されたハーフサイズカメラです。ハーフなので36枚撮りなら72枚も撮れてしまう、脅威のカメラでした。また露出計は電池要らずのCCD追尾式で、現在でも動くのには恐れ入ります。ただ、レンズにカビが来てしまって、写らなくなってしまいました。最近ネットオークションで買われて行きましたが、まだ多数が流通しているとは、タフなカメラだと思います。

 Nikon FM

 高校のときに購入した初の主力機です。生態写真から風景写真まで幅広く使っており、大学に入ってからは自転車のフロントバックに入れて写していました。耐久性は一級品で、現役を退いた今でも故障一つなく動いています。同じようにフロントバックに入れて自転車旅行していた後輩のAE-1は2年で、コンタックスは半年毎にシャッターがいかれて工場送りになっていたのに比べると、いかに強いかが良くわかります。メカニカルで電池がなくても作動するため、冬の野外撮影などでの電力低下の心配が要らず、良く働いてくれました。

 ペンタックス ME
 母親がNikonFの後継機として購入しました。それまで使用していた F に比べると格段に小さくて軽く、登山時などに使用していたようですが、電子制御が災いして寒い時には動かなかったようです。それが決め手となって私のところに回ってきましたが、ピント精度、画質など、特筆する物がなかったため、同輩に売ってしまいました。
 オリンパス XA

 サブカメラをと思って購入しました。一眼レフに慣れていた私にとって、そのサイズは魅力的に小さく軽かったのですが、絞りが「L」字を2つ組み合わせた四角形だったため露出が均一でなく、四隅が暗くなりがちで満足な画質が得られないため、同輩に売ってしまいました。

 ローライ35 TE

 XAで小型カメラに目覚めた私は、サイズと画質を求めてローライ35に行き着きました。購入当時はシンガポール生産がほぼ終了する頃で、定価の60%程度で安く購入しています。露出計は初期型の針からLEDへと変更されていましたので、振動などの耐久性もUpしていました。35SEを手に入れたため母親に譲り、現在では予備機となっています。

 ローライ35 SE

 ローライ35の性能は、この小ささにしてフルサイズ、画質は申し分ないものでしたので、FMの代わりに主力機となりました。購入した頃は自転車から単車での旅行に代わっていましたので、ポケットに入れて北海道から屋久島まで、いたるところへ持っていきました。メカニカルレンズシャッターは耐久性が強く、現在でも問題なく動きます。

 LEICAFLEX SL2 1979〜

 カメラ好きの親父が学生時代から欲しかったライカを購入した物です。ただ、最初はR3を購入したのですが、電子化やボディーがミノルタと共通になってコストダウンが計られていたため、最後のライカと言われたSL2を購入し直したようです。そののち私に流れてきましたが、当時はローライ35が全盛だったため、時々使用した程度で、現在もお蔵入りしています。

 Fuji GS654 Professional 1983.6〜

 卒業アルバム製作のバイトをしていた時に、6*9のブロニー版を使用したのですが、フイルムの大きさから来る圧倒的な情報量の違いを見た時に35mm版の限界を感じてしまい購入しました。本当は沈胴式のプローベルMAKINA 6*7が欲しかったのですが、GS645の倍の値段がしましたので、購入をあきらめました。主に山岳写真に使用していましたが、沈胴式のボディーは出し入れしやすく、風景写真にはもってこいの機種でした。FUJINONのレンズも描写がよく、ボディーの耐久性も問題ありません。ただ、あまり売れなかったのか、すぐに発売中止になってしまいました。

 ミノルタ DimageN

 母親が、健康保険賞品(健康保険を使わなかった褒賞)として頂いた物。第一号が貰い物とは情けないが、今でもアナログカメラ一辺倒の我が家ではさもありなんと言うとこでしょう。35万画素ではまともな画像は撮れず、ファインダーがなく液晶画面のみなので、すぐに電池がなくなりました。アルカリ仕様だったのか、通常の電池では新品を入れても電池切れ警告が出るのには笑えもせず、デジカメは使えないと両親に再確認させたような機械でした。しばらくして「Hard-Off」にうっぱらってしまいました。

 オリンパス CAMEDIA 2020

 デジカメ第一号がとことん情けなかっただけに、この機は大変評価高いです。液晶画面Off機能が付いているので電池は半年に一回程度充電するだけとなり、210万画素の画質も問題ありません。Camediaシリーズの中でもこの2020は補色フィルタ採用で色の抜けがよく、電池消費、転送時間、汎用画素などのトータルで、非常に良くバランスが取れていると思います(画素を上げると綺麗だが、格納に時間がかかり、電池消費も多くなる)。F1.4の大口径レンズ、6枚の絞り羽根、X接点の設置など、小型カメラ並みの装備は当時の他社を大きく引き離していました。

 Nikon CoolPix E3100

 またまた母親が褒章で貰った物です。さすがに320万画素のデジカメは2020の4年後に作られただけあって、操作性、画質ともに進歩していました。ただ、電池消費だけは相変わらずで、64Mのメモリに120枚程度撮影できるのに、付属電池は20枚程度で根を上げます。最近、パナソニックのメタハイ2100に代えてからは100枚以上取れるようになり、電池消費の問題も解決されました。

 KONICA-MINOLTA Dimage X20
 最近油絵を書くようになった母親ですが、時間内に書ききれないため、写真に撮ってもらって後日写真を見ながら仕上げるそうです。ただ、フイルム写真は現像までに時間がかかり、写真が出来た頃には絵に対する情熱がすっかりさめているのが難点でした。他の人はデジカメに撮ってTV出力してその日のうちに仕上げるそうなので、母親もデジカメ購入となりました。DiMAGEにはいい印象がないのですが、TV出力と荒い持ち運びに耐えるようにレンズが出ないこの機種になりました。後継機のX21はTV出力が廃止されたため、X20の売れ残りを探し出しての購入です。2〜3枚撮れればいいそうなので、メモリは付属の8Mb、高画質で8枚撮影可能(笑)。
 その後リコール修理一回を経て、2年で電源入らなくなり破棄されました。MINOLTAはやはり鬼門です。
 Nikon CoolPix E2100

 3日の間に3個全色揃ってしまった2100です。現在主力機の3100は頻回使用のため老朽化し、通常は2Mでの撮影で十分なためオークションで2100の出物を探していました。時期が良かったのか1000円台の格安で入手できたため、同時に3台もの購入となってしまいました。
 3100に比べるとCCDは1/3.2になりますが、記録撮影には問題なく、MENUや使用感も同一なので違和感はありません。どういう経緯で来たのかは不明ですが、どれも現在使用中の3100より状態は良く、このような状態の良いものが格安で買えるとはいい時代になったものです。
 この頃の機種はテレビ出力が標準で付いていますので、1つは壊れたDiMAGEの後継として母に譲り、1つは予備機、もう一つは娘用としました。送料合わせても3台で5千円しない格安購入です。

 面白い事に、3台の生産地を調べると2100000番台は日本製、2200000番台はインドネシア製、2900000番台は中国製と生産地が3箇所に分かれています。ちょうど生産が日本から海外へシフトしていった時期なのでしょう。Version確認しましたが、どれも1.1へ上がっていました。ちなみに発売開始は2003/03/21なので5年前ですが、数年で過去の遺物になってしまうのはPCと同じですね。

 Nikon CoolPix E3100 2010.11〜2011.09

 初代のE3100はその後も使用していましたが、電源スイッチの爪が折れて使用不能になってしまいました。その後はE2100を使用しているのですが、1台は母に、1台は姉にあげてしまって稼動機が1台切りになったので、初代E3100を治すべく部品取り用として購入しました。
 オークションでは稼動未確認のジャンク機として¥610で購入しましたが、レンズなど清掃するだけでまともに動くようになったため、初代を治さずにこちらを使用することにしました。送料込みで¥1,110とは、安く買えたものです。

 Nikon CoolPix E3100 2011.09〜

 1年経たないうちに2代目のE3100も落としてしまい、当たり所が弱点のスイッチ部だったため見事に操作不能になってしまいました。そこでネットオークションを探していると1年前とは状況が変わっており、E3100が\500程度の価格で乱売されていました。特に福岡の業者が沢山出品していたので、¥500/個のE3100を3個購入しました。
 ただし、どれも完動するものの、お馴染み電池蓋の爪が破損したもの、裏面がすれて印字が消えているもの、液晶が黄色がかっている物など訳ありの品物ばかりでした。 爪の破損は前回同様手曲げクリップにて修復し、印字が消えているものは分解して2代目の裏面と交換しました。黄色味がかった液晶は、コードが半田付けされていて容易に外せないのと撮影画像は正常でしたのでそのまま使用しています。製品番号は3台とも220万番台のインドネシア製でした。
 ここまでE3100にこだわらなくても良さそうなものですが、運用に慣れていて画質にも不満なく、そして安価に仕入れられたので、まだしばらくはこの機種を使用するつもりです。

 Nikon CoolPix E2100 2016.07〜

 未だにE3100を使用しているのですが、2016年夏に再度落としてしまいシャッター部分が壊れました。予備の部品に換えるも、こちらも損傷受けていたようで、一ヶ月で自然自壊してしまい再度交換する事態となりました。予備のシャッターが残り2個となってしまいましたので、急遽シャッター部品取り用にオークションで探しを始めますが、シャッター部分に傷ひとつ無い物はさほど多くありません。それでも、シャッター部品が同一で無傷のE2100を\100と¥520で2個購入できましたので、またしばらくは安泰です。

 Nikon CoolPix E4100 2012.01〜

 CoolPixのEシリーズはその後も進化を続け、同じような形で710万画素のE7600まで出ていました。CCDもE2100が1/3.2、E3100で1/2.7、E4100は1/2.5まで大きくなって400万画素、E5600で510万画素まで上がりましたがサイズは同じ1/2.5にとどまっています。スペック的には大したことありませんが、E3100と同じ外殻でE5600よりも集積率の低いCCDですので、2Mサイズでの画質比較に購入しました。このシリーズからメモリがSDカードになり、E2100/3100でネックだったスイッチもレリーズから分離して堅牢になるなどの改良が加えられています。

 Canon オートボーイ AF35

 姉が大学時代に購入した物です。オートボーイの初代で、専用ストロボは自動調光と進んだ物でした。AE機構採用のため距離あわせのみで手軽に撮影できましたが、画像、耐久性もお手軽物で、数年で本体は壊れて廃棄されました。現在ではストロボのみ残っていますが、電池入れればまだ発光いたします。写真右上の接点が自動調光用接点です。

 ミノルタα3700i

 嫁が働き始めてから購入した物で、新聞広告を見て買ったそうです。最初はタムロンのレンズが付いていましたが、程なく壊れたため現在では純正ズームが付いています。2CR5の電池で、AF,AEの電子制御、巻上げ、ストロボ充電を賄うため、電池の消費は早く、マニュアルモードも付いていないためほとんどバカチョンカメラですが、嫁は気に入って現在でも使っています。

 Nikon F80

 またまた母親が近接撮影用にと購入したものです。老人山岳会などに持って行って、花などの近接撮影をしていたようですが、なにせローライ35に比べると重いので、半年程度でお蔵入りになってしまいました。いずれ私のところへ廻って来るものと思います。
 最近の母親は、「写真は人に撮ってもらうもの」と、さとりの境地に達しているようです。

 Nikon D60 2014〜

 姪からの頂きものです。紛失したと思って同じ品物を再度購入したら、後日押入れから出てきて余ったそうで頂戴しました。姪は長女にと言ってくれたのですが、長女は既にSOL23を持っていて満足してますので、巨大な一眼機を触りもしません。結局私が時々使用していますが、コンデジの手軽さに慣れてしまうと今更一眼レフには戻れないですね。NikonFMを使いこなしていた時代から考えると、別世界に来たようです。現在はリビングに置いているので、室内犬撮影用に成り下がっています。

Nikon CoolPix P7700 2012〜

 油絵の元画像保存用にCoolPix E2100を使用していた母ですが、行きつけの写真店に唆されたようで、いつの間にかデジカメを持っていました。数回使用したようですが、油絵自体を書かなくなって不要との事で回ってきました。コンデジE3100と一眼D60の中間のような存在ですが、機動性はコンデジに近いので、興味を持った次女が使用するようです。レンズキャップが煩わしいので、他社製オートレンズキャップ付けましたら、使いやすくなりました。

 ハッセルブラッド 500C/M

 親父が仕事をやめる間際に購入した物です。老後はこれで写真を撮りまくると宣言した通り、今でもクソ重い三脚と共に担いで行っています。さすがに世界のハッセルで、重さは中途半端ではありませんが、写りも中途半端ではございません。これを使ったら、もう次はないものと思われます。
 車で言えばロールスロイス、すごろくで言えば、上がりのようなものでしょう。

 CANON オートズーム 814  1967〜

 F1.4の大口径レンズに8倍ズームを積み込んだSuper8で、私の小学校時代に良く使われていました。ご多分に漏れず、運動会や家族旅行、大阪万博の風景などのFilmが残っています。カメラはまだ動くものの、ELMOの映写機のほうが先に壊れてしまいました。ただ、私が中学校に上がった頃に親父の趣味も他へと移っていきましたので、以後はお蔵入りしています。

 VICTOR SC-F100 1990.7〜

 当時はまだDVがなく、S-VHSを小さくしたS-VHS-CとSONYのHi8がビデオカメラを競っていました。VHS-CはHi8に比べると大きくて録画時間が短いのですが、アダプタで通常のデッキに使えるため、ダビングや編集には便利です。当時のビデオカメラはほとんどが一体型でしたが、この頃からセパレート型も出始めてきました。SC-F100は先物だけあって、バッテリーの持ちが悪い、大きくて重いなどの問題もありましたが、当時はF1車積映像が流行っており、単車でも同じことがしたくて購入です。セパレートなので、カメラをヘルメットのサイドに固定し、本体とバッテリーはリュックに背負っての走行撮影ですが、バテリー一本で40分が限界なので、バッテリー3本で2時間弱が限界でした。それでも紅葉の剣山林道や四国の林道を撮影していましたが、仕事の激化により2年程しか使用せず、以後はずっとお蔵入りになってしまいました。ボーナスつぎ込んで買った割りには高い買い物だったと今では思いますが、先物なので仕方ないのでしょうね。

 京セラ SAMURAI Hi-8 KX-H5 (SONY TR2000のOEM)

 一瞬を切り取る写真に比べ、だらだらと流しとる動画は趣味ではないのですが、皆さんと同じく長女の誕生によって我が家にも8mmビデオが登場しました。まだデジタルビデオが登場する前で図体は大きいですが、カラーファインダの採用、メカニカルの手ブレ防止機能、各種マニュアルモード可能など、画質的にも優秀な機械です。ただ、電力消費は結構多くて、通常バッテリーでは30分程度しか撮れません。充電してから撮るというまどろっこしさが嫌われて、今では運動会と音楽会程度にしか登場しません。
 ソニータイマー点灯中(残量インジケータがおかしい)ですが、かまわず使ってます。

 Panasonic SDR S-100

 その後もHi-8で子供の成長を撮影していたのですが、でかい・重い・撮影時間が短い・カメラとビデオを2つ持つのは無理、と嫁のクレームが矢継ぎ早に出たため、出始めだったSDムービーを購入する事にしました。購入時は既にワイド画面の後継機種予定があったためか、かなりの割引で買えました。
 性能は予想より少し良い程度でしたが、なにより良かったのは子供の撮影がこれ以降は嫁の仕事となった事です(笑)。自営になって土曜も働くため、子供の行事に出にくくなりましたが、嫁が撮影してくれるので家内安全ですね。

携帯電話
 携帯をカメラの項目に入れるのはどうかとも思いましたが、最近の携帯の進化は目を見張るものがあり、コンデジの代用になるまで進化していますので入れてみました。

J-T07 Toshiba

 仕事の関係上、携帯が必要になって夫婦で2機購入。カメラ機能は11万画素のCCDを積んでいて当時の携帯としては標準だったようですが、当時所有していたCAMEDIA2020の210万画素とは比べられる物でもなく、使用終了まで数枚撮影した程度です

W63CA CASIO

 長女にも携帯が必要になったため、私の携帯を廃止して権利を娘に譲ると共に、嫁も機種更新しました。将来は私に譲る約束で、当時最高の810万画素を搭載するこの機種にしたのですが、さすがに画質は向上しています。ただ、当時使用していたE3100よりはるかに画素数は多いものの、コントラストや明暗の表現など、画質では今ひとつのように思います

W63S Sony

 長女が選んだフルチェーン携帯「re」。カメラはこの当時としては標準の310万画素でE3100と同じ画素数ですが、画質は満足できるものではなく、次はカメラ機能の充実している物が欲しいと長女も言うような性能でした。

SHL21 Sharp

 次女が初めて持った携帯で、シャープのau向けスマートフォンでは初めてのLTE対応機種です。3Gスマホとの通信量の差は歴然で、いい時に購入したと思います。カメラは1312万画素と一千万画素を突破し、フルハイビジョン動画も撮影可能となりました。技術は進歩したものですね。ここまで来るとPCで見る分には遜色のない映像が得られますので、コンデジが売れなくなるはずです。

SHL22 Sharp

 次女のスマホを見て嫁が欲しがったのと、画面と本体が拡大傾向にあり5インチ越えになりそうだったので4.9インチのこの機種を急遽購入。購入に際してW63CAを私に譲る約束だったのですが、スマホ店の多機種購入割引にひっかかり、私は2年間契約でPT003を持たされる羽目になりました。カメラ機能はSHL21とほぼ同等で、サブカメラも付いていて動画も撮影でき、嫁も満足しているようです。

PT003 PANTECH

 多機種割引で私が持たされることになった携帯。長女に譲って以来、携帯無しの生活をしていたのですが、連絡つかないと文句が出て外出時に持たされています。カメラは510万画素ですが、出てくる映像はあまり宜しくありません。レンズも小型化になっていて、画質に関しては画素数よりも画像エンジンの問題のほうが大きいようです。2015年の夏に契約切れですので、やっと念願のW63CAが持てそうです(笑)

SOL23 Sony

 長女の携帯が物理的にも機能的にも限界に達したため、満を持しての購入。画面はついに5インチに達し、カメラも2070万画素と二千万の大台を突破、サブカメラですら220万画素を持っています。画像エンジンも進化していて、もはやコンデジの出番は無いですね。フルHD撮影も可能で携帯性から言うと抜群ですが、消費電源も増えているので多数の撮影には向かないようです。

 両親ともカメラ好きで、親父は学生時代から現像をしていたこともあり、早くからカメラは生活の中に溶け込んでいました。小学生の頃は親父が現像-焼付けをしていましたので、風呂場に焼付け機を持ち込んでの焼き付け、熱プレス板での乾燥など、停止液の酢酸のにおいと共に未だに覚えております。大学の自転車部では写真を担当し、就職してからも写真を扱う職業に就いたため、趣味が結構役に立っています。現在ではデジカメに移行してしまい、フイルム写真を撮ることもなくなりましたが、嫁はデジタル物に疎く、未だにα3700iで子供の撮影をしています。 スマホ登場のおかげで各人1台ずつカメラ(含動画)を持てる状態になり、カメラ単体としての需要はほぼ終焉に近づいてしまいました。ただ、私のように1日に何百枚も記録写真を撮る人や、高画質を希望する方などに、今しばらくは需要がありそうですね。最終更新日:2017/07/22

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